FEATURE ARTICLES 20

ビジネス×デザイン Vol.3

花王 AEM導入プロジェクト

ビジョンの実現に向かって

花王 後藤亮氏、田中剛氏にインタビュー

User Experience Design

ユーザー
体験
デザイン

自分がされたら嫌なことを
徹底的に考える

後藤 UI設計の他、「デザイン」ということで言えばプロジェクト自体の設計もうまくいったなと思っています。システム構築だけではなくUIやガイドライン、ビデオやトレーニングなど、ツールを使う前後も含めたサイト制作者のユーザー体験を考えて、環境全体をデザインするようにしました。

具体的にはどのようなことをされたのでしょうか?

田中 まずはキックオフミーティングを格好つけてやりましょうと。コンセントさんのamuを借りて実際にやりましたが、そうすることで参加メンバーの志気が上がるよなと。あとは長丁場で重いプロジェクトなので、ポイントごとの目標を決めたり、社内や関係者全てに説明をしていくところのデザインをしたり。全部当たり前の話ですけど。

ガイドラインをつくるときも、「どういうガイドラインがあればいいんだろう? マニュアルじゃないよな。ガイドライン自体に権威づけをしようか」ってところから始めて、「なんなら分厚くして日記帳みたいに鍵をつけてやろうか」とか、そんなふうにいろいろ考えるわけですよ。

権威づけ。

後藤 重厚感というか、重みをつけたいという。あまり軽いものにしちゃうとポイって捨てちゃうじゃない。

田中 そうそう。渡されたら手が震えるようなものをわざとつくってやれとか(笑)。中身はシンプルにっていうのはあるんだけど。シリアルナンバーとかが入っていれば、「君には何番を渡したからね」って。もう自分がされたら嫌なことを徹底的に考えるっていうね。もちろん、本当に嫌がらせをして苦しませたいわけじゃなくて、案件の権威づけを演出するという意味で。

仁義を切るのに足りるのか?

権威づけの演出を重視された理由はなんでしょうか?

後藤 ステークホルダーの求心力をどうつくっていくかということにつながると思うからなんですよね。みんなの意識がなるべくこっちを向くようにして取り組んでもらえれば成功に近づくんじゃないかと。

「適当でいいや」っていう仕事の重みじゃなくて、「それをやることによって、何か得なきゃ」「自分に何かメリットがありそうだ」みたいな感じになんとかもっていければ、あまり間違った方向にも進まないだろうし、逆に僕らが間違った方向に進んだときには彼らが「いや、そっちじゃないんじゃないの?」って導いてくれるので。

田中 僕はもともとコーディングもやってたんで一番気にしたことは、制作現場に影響が出る、つまり制作環境が大きく変わるというところなんですよね。今までは手元で組んだHTMLファイルを納品していたのが、AEMを導入することでコーディングが基本不要になって直感的な操作でコンテンツの構築ができるようになるというように、制作のパラダイムシフトが起こることになるわけだから。一番影響を与えてしまう制作現場の人たちの協力を得るのはすごく重要だし、納得性のあるものにしていかなきゃいけない。

サイト制作担当者向けのAEMのトレーニングも、デフォルトのものではなく今回の花王用にカスタマイズしたオリジナルのメニューをつくっていただいて、アドビ システムズの正式なトレーナーの方にやってもらっているんですが、これも演出なんですよね。僕らが説明してもよかったんですけど、それだとやっぱり重みが出ないんで。会場も花王じゃなくてアドビ システムズ本社。制作現場の人ってAdobeのツールを普段使っているけれど、アドビ システムズの本社に入ったことがあるかっていったらたぶんあまりないんじゃないかなと。実際、家に帰ってから「いや、今日アドビ システムズの本社に行っちゃってさ」って家族に自慢している人もいるかもしれない。

あとコンセントさんの協力で、うちのデジタルマーケティングセンター長の石井のビデオメッセージもつくったんですよ。我々がなんで今こういうことをしているのかを語ってもらって、トレーニングのときに流せるように。トレーニングはすでに数回やっていて延べ100人ぐらいの方に受けていただているんですが(2016年6月取材時点)、場所とかツール、人など全体的な演出をすることで、現場のごろつきが適当に思いついてやっているんじゃなくて、「これはもう嫌だって言っても変われない。ルビコン川を渡ってしまっている状況※2なんだ」と認識してもらえてるんじゃないかなと。

さっき嫌なことをやるって言いましたが、要するに「花王は真面目に、本気でやるつもりなんだ」っていうことを理解してもらうためなんですよね。「ちゃんと考えてこういうガイドラインをつくりました。マニュアルサイトもこういうふうにつくってあります。制作しやすい環境をなるべく整えたんで、すみませんけど協力してください」っていう態度表明をしたと。さっきのUI設計の話にもつながるんですが。

花王の会議室にちょっと集めてモノクロでコピーした資料を渡して説明するんじゃ、仁義を切るには多分足りない。

後藤 「こういうふうにやってください」ってお願いする立場なんで、やっぱり気持ちよく変わっていただくための素材や演出は必要だと思うんですよね。 ※2 「ルビコン川を渡る」とは、ある重大な決断・行動をすることのたとえ。
ルビコン川とは、古代ローマ時代、ガリアとイタリアとの境をなした川で、ルビコン川より内側には軍隊をつれてはいってはいけないとされていた。違反すれば反逆者として処罰されたが、ユリウス・カエサルが大軍を引き連れてこの川を渡り、ローマへ向かった。カエサルは「賽は投げられた」と叫び、元老院令を無視して渡河したという故事に基づく。このことから、もう後戻りはできないという覚悟のもと、重大な決断や行動を起こすことをいう(出典:故事ことわざ辞典 http://kotowaza-allguide.com/ru/rubicongawawowataru.html)。

「ファッサー感」はあるか?

田中 ガイドラインも結構早い時期からつくり始めたんですよ。コンセントの千葉さんや筒井さんに攻め立てられながら(笑)、あるときはコンセントさんの会議室で7時間半ぐらいぶっ続けで、章立てや各ページの内容をラフで確認しながら摺り合わせたり。僕、筒井さんの本(『なるほどデザイン〈目で見て楽しむ新しいデザインの本。〉』)も買ったんですけど、あの本を読んで「あ、ガイドラインをつくったときってこれを実践してたんだ!」と初めてわかった(笑)。

印刷して実際に配るまで半年以上かけてるんですけど、当初から一応僕の頭の中ではもう完成想像図ができていたんですよね。「こういう説明会をしなきゃいけない、こういう演出が必要だ」っていう。

レクサスのセレモニーを思い出しました。

後藤 鍵の受け渡しセレモニー、すごいらしいですよね。そういう演出を。

田中 そうそう(笑)。実際、「“ファッサー感”はあるか?」っていうのが大事で。新車発表会で、たとえばすごいエンジンが搭載されましたって紹介されて車を覆い隠していたベールが“ファッサー”っていざ外されたときに、車の見た目が変わっていなかったら「すごい!」って感じないじゃない? それと同じ。本当は1人ずつ名前を読み上げて証明書みたいなものと交換でマニュアルを渡すとか(笑)、もっと厳粛なものにしたかったんだけど、よく考えたら面倒くせえって(笑)。

どのレベルの演出かは別として、最初の青図通りにはできたかなと思っています。そこはシステムと全然関係ないところだから、今回のユーザーである制作を担当いただくパートナー会社に対してのデザインと言えばデザインですよね。

「システムだから」は嫌い

後藤 「使う人の気持ちをつかむことはなにか?」っていうのは、一番考えたところです。

田中 こういう仕事を長くやっていることもあって、この手のシステム導入案件やWCMツールの入れ替えで失敗してる話ってよく聞くんですけど。「システムを入れました。使ってください」では使えなくて、それを使う人にどう説明するかっていう前後関係まで考えないとだめなんですよね。

後藤 僕もDAM(Digital Asset Management)のツールを導入するプロジェクトで、「使いたくない」から「使ったら自分が楽になる」っていうふうに使う人たちの気持ちを変化させることがやっぱり一番重要だと思ってやってきてるんですよね。だから各フェーズで「こういう人がいるよね。この人たちの気持ちをどう変化させるか」って考えて、資料で言えばストーリーに盛り込んだり、イベントで気持ちを変えさせるようにしたりっていうのは、今回も常にやっていったかなとは思うんです。

田中 このAEM導入プロジェクトって、システム系じゃない人からするとシステム案件に見えるかもしれないんですけど、実際には業務フローを変える案件なんですよ。たとえば車をつくっても道路がなきゃ走れないし、交通ルールや自動車教習所はどうするのかっていうインフラの方が重要で、全部の環境を考えなきゃいけない。

そういうのと本当は同じなんですけど、システム系の話になるとなぜか利用ルールやエコシステム的なことって見落とされがちで、それはたぶん違うかなと。

後藤 僕は「システムだから」って言われるのが嫌いなんですよね。過去からずっと販売をやってきて人間のドロドロした部分も経験してきているから、そういうのって何か冷たい感じがする。システムはあくまで自分たちのやりたいことを実現するためのツールなんだから、「システムでできないから僕らが変わりなさい」っていうのはおかしいだろうって。
システム案件ではなく、人間味のあるソリューションに見えるようにしたかったんです。

田中 その視点で説明すると、システム系の人とそうじゃない人の両方に話が通じるようになったんですよね。
たとえば今、後藤が言ったようにシステムから離れた説明の仕方をすればするほど、システム系じゃない人にとって受け入れやすくなる。一方、システム系の人たちに説明するときにシステム用語で話したら当然負けるんですよ、彼らは専門家ですから。でも、「こういうお客さんがいて、こうなるじゃん? だからこういうシステムにしよう」っていうように活躍想像図の話をすると、仮にロジックが僕らとは合わないところがあったとしても納得性がある話になるわけです。だって「どんなにいい車をつくったって、ルールがなかったら走れないよね」って話せば、「確かにそうですわな」ってなるじゃないですか。

僕はシステム系の人間でも中途半端なんでね。ゲームの開発をしていたのがあるのかもしれないですが。ゲーム開発って「ユーザー視点で見たときにおもしろいかどうか」なんですよ。もちろんプログラマー同士で、他の会社のプログラマーの技術を見ては「ここのプログラマーすげえな」っていうのはあるかもしれないけど、結局それもユーザーあってのことですからね。

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