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ビジネス×デザイン Vol.3

花王 AEM導入プロジェクト

ビジョンの実現に向かって

花王 後藤亮氏、田中剛氏にインタビュー

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今後

2年前からの変化

AEM導入は2020年までのプロジェクトの最初のフェーズということでしたが、今後はどのようなことに取り組まれていく予定ですか?

田中 AEMを導入してマーケティングプラットフォームの基盤ができたところなんで、今度は1年半から2年ぐらいかけて今までのシステムからコンテンツを移行していかなきゃいけないんですね。その後は、Adobe Socialというソーシャルメディアマーケティングプラットフォームや、Adobe Audience Managerというデータ管理プラットフォームなどのAMCのソリューションを順次導入していくというフェーズが待っています。

「こういう順番で導入していこう」というロードマップは2014年の前半ぐらいに描いているんですけど、フェーズ1が終わった今、その順番は見直さなきゃいけないと思っています。世の中の情勢や社内の状況、欧米からの要望も変わってきているので。

2年前と今とではどう変わってきているのでしょうか?

田中 欧米の外的要因としては、たとえばブランド施策の実際の状況は全て把握しているわけではないので、「今やるべきはこっちだろう」とかっていう要望がたぶんあるはずなんですよね。代替ツールを既に使っていてあらたなツールを急いで入れる必要がないのであれば、その代替ツールをしばらく使っているのもありだと思いますし、逆に今のソリューションの契約期限が切れるからこのタイミングで入れ替えたいということもあるだろうし。いろんなところにヒアリングして回ると、2年前にはなかった「今」の状況に即したニーズが出てくるだろうなと思っているんですね。

一方、国内について言うと、なにかソリューションを入れるだけなら単に契約すればいいんですけど、入れたものを「使う」にあたっては、「誰がデータを入れて、入れたデータで何をするのか、それをする人は誰か」という業務フローやフレームワークのようなものを決めなきゃいけない。すぐできるところから取り掛かるのか、まずはミニマムにスタートして完成したら全体に展開するなど時間のかかるところから着工していくかっていうのは、ここで1回、線引きして見直さなきゃいけないと思っています。

後藤 仕組みありきで決める話じゃないんですよね。
たとえばスマホに対してどういう情報を出していかなきゃいけないかっていうのも、議論はしてきたものの、2年前だと社内では実体験としてあまりなかったと思うんですね。それがここ1、2年で自分たちの身の回りのデバイス環境がどんどん変わってきたことを実感できることが明らかにあると思うんです。自分たちの実体験をふまえて「そういうことをやっていかなきゃいけないだろうな」っていうふうに社内の空気も変わってきたというのは、やっぱり一番大きいかなと思います。

田中 あと他社さんや他のWebサービスでも、ここ2、3年ぐらいで最初からモバイルファーストで設計してきちんとスマホ対応しているサイトが増えてきていますよね。そういうサイトをみんなが見慣れてくると、「自分たちのサイトもそうじゃなきゃいけない」って説明したらすぐわかる。PCサイトが単にスマホでも見れるというだけで「うちのサイトもスマホ対応してるよ」と言っていたような状況だったのが。

業務フローを我々が一緒につくる

プロジェクト全体の最終目的は「デジタルマーケティングプラットフォームを構築すること」ということでしたが、構築した先に見据えていることはなんでしょうか?

後藤 プラットフォームをつくってその基盤の上に載るコンテンツ情報を出し分けできるようにすることで、パーソナライズされたコミュニケーションを効率よくスピーディにとれる環境を目指しています。ただ、情報を出し分けすることがゴールではなくて、その情報に接触した方たちに花王の商品を購入していただき、家庭で使っていただいた後に生活をよくしていただくところまで導いていけるのが最終的な目標です。

田中 ただ、デジタルマーケティングってゴールにパーソナライズコミュニケーションが一番描かれると思うんですけど、それもあくまで世の中の情勢だから、「パーソナライズされた情報を本当に欲しいのか」っていうのも考えて見据えていかなきゃいけないと思っています。

サジェスチョンされて本当に嬉しいって思ってもらえるような情報が出せるんだったらやるべきだけど、欲しくもない情報を「あなたはこうでしょう」みたいにやっちゃうと、逆にマイナスになってしまう可能性がありますよね。そこで、さっき話したことと同じですが業務フローをつくることが大事になってくるんです。

たとえば、10種類のパーソナライズドメールを書くといっても誰が書くのか、本当に10種類書き分けられるのか。さらに薬事法などが絡んでくる商品の場合なら、その10種類全てを担当部署でチェックする必要がある。バナー広告1つとっても同じで、タレントさんの写真が入っていたら所属事務所に全広告パターンのチェックを出さなきゃいけない。「そんなメールを毎日ばんばん投げるって、うちはできるのか?」ということから考えないと。

後藤 いろんな部門や人が関わってくる中で、きちんと情報をつくれるのか。その運用フローをまずつくらないとたぶん不可能になるんですね。1種類の商品だけだったらみんなで机を囲んでやれるとは思うんですけども、花王の場合、家庭品と化粧品を合わせると1,000 SKU(SKU=製品数)以上の商品を世に出している中で、全ての商品の情報をどうやって出し分けるか、内容をどう見分けるかというのは、かなり難しいことだと思うんです。さらに法律上言っちゃいけないことなど制約がいろいろあるので、それを確認する部門はいろんなところと調整する必要がある。そうしたこと全てをきちんと回せて初めて出し分けができるわけで、そのベースとなる業務フローまでをきっちりと我々が一緒につくるということに一番気をつけていかなければならないと思っています。

運用のための組織デザイン

田中 今回導入したようなツールって欧米の組織向けにつくられているところもたぶんあって、インハウスで全部やっちゃった方がいいっていう考え方に基づいていると思うんですよね。成功事例を見せてもらうと、今までサードパーティにお願いしていたものを社内でやることによってコスト削減や時間短縮につなげられたとか書かれてあることが多いので。でも日本企業の場合、なかなか難しいかなと。

どのあたりが難しいと思われますか?

田中 社内にそういう人を入れるような組織になっていないところですね。たとえばマーケティング部門にツール運用のためだけの人を雇うのはどこの会社もあまりやらないと思うので。通販専門の会社などはそれが仕事だから別ですが。

「こうなったらイケてるパーソナライズコミュニケーションだ」っていう活躍想像図をまずつくるとする。まだ描き切れてはいないんですけど。なんとなく出し分けみたいなイメージはあっても、具体的にそこにどうもっていくのかを逆順に見ていったときに、その中間点のところで、「やっぱり組織をつくらないといけない」って絶対見えてくるはずなんですよ。今ざっくり考えているだけでも、これだけ出てくるわけなんで(笑)。

今までのフェーズは基盤構築で、ソフトウエアを入れるっていうのはもう入れればいいんですよ。その上にコンテンツを載せていくっていうのも協力会社さんにお願いしてやるしかないんです。途中、途中でトラブルや追加要求も出てくると思うんですけどそれも対応するしかない。もうやるってことが決まっているわけですから。

「じゃあ次になに?」って言ったら、今話したような、展開していくにあたっての人間系や業務のインフラを整えていかなきゃいけない。それは結局、組織とかフレームワーク、業務フローとかだと思うんでそこをデザインしていく。デザインと言っても紙に描いただけじゃ誰も動かないんで、部署の調整とか運用していくための組織のデザインをしていかなきゃいけないなと。

後藤 協力体制を今後どう構築していくかっていうことが重要なんですよね。使いこなしてこそ投資した意味があるので、うまく会社の中に埋め込むためのデザインをする。

人が集まってみんなでああだこうだ言いながらやっていくのがいいのか、それともいろんなところに人を配置して機能を分散させてやる方がうまく回るのか、集中化なのかとか、いろいろ考えていかなきゃいけない課題です。ただ、どれが正解かはやってみないとわからない話。1回やって駄目だったら変えてっていうのをなるべくスピーディに回していかないと、たぶんそのうち置いていかれちゃうかなと。

SWATをつくる?!

田中 「組織のテスト自体のデザイン」をしなきゃいけないんですよね。

もうアジャイルでやるっていうことですね。

田中 そうそう。ただ、人事的なことが絡んでくるとアジャイルだとなかなか難しいので、外部の会社さんにも協力してもらって、かなりスピードをもってできる状態でまず試してみて、「こういうのだったらはまりそうだな」となったところで、社内にインプリしていくとかじゃないかなと。でもそれがいいのか自体まだわからないから、まずはそのテストの仕方をデザインしなきゃいけなくて、今ちょうどそこを考えているところなんです。

後藤 「組織」づくりって言うとなにか囲ってしまうようなイメージがあるんですけど、フレキシブルに変化させていくための「体制」づくりをいろんな形でトライしていきたいなと思っています。「体制」っていう言葉だといろんな捉え方ができるので、社内の別の部門の人間でも社外の人間でもいいわけですよ。

田中 物理的じゃなくて、バーチャルな体制でもなんでもいいんですよね。
名称上は存在するんだけど、いろんな部署にまたがっていて引っ張ったらひも付いてくる人たちの集まり。特殊部隊のSWATみたいな。いろんな警察署に所属してるんだけど、なにかあったら集まるみたいな形でもおもしろいかなと。

後藤 アジアも欧米も含めて、どういうところにどういう機能があればうまく回っていくのかっていうのは、やっぱりやっていかないとね。

価値あるコンテンツを

本プロジェクトで得られたことを教えてください。

田中 今までは紙に印刷工程があるように、Webの場合にもコーディングっていう工程があるから、「もうちょっとデザインに手を入れたい」とか「文章をもう少し精査して考えたい」っていうところになかなか時間をかけられなかったけれど、AEMを導入したことで上に載るコンテンツ自体を充実させることに時間がとれるようになるはずなので、それが一番いいかなと思っています。

コンテンツを読んでくださるお客さまにとってもいいことだし、たぶん制作現場も本当は「コンテンツをもっと考えた方がいいよね」っていうのはあると思うんですよ。それにうちのような情報を提供する広告主からしても、コンテンツの企画立案や制作自体に時間がとれればいい広告を出せるかもしれないですし。

後藤 ガイドラインやビデオメッセージの中で、センター長の石井が「お客さまにとって本当に価値のある情報やコンテンツを届けることを実現したい」と言っているとおり、重要なのは「人の心に伝わるコンテンツをどうつくっていくか」なんですよね。制作に携わる人の目をそこに向くようにしていきたいです。

マーケティングの中の1つが
デジタルなだけ

最後にお二人と同じようにデジタルマーケティングに取り組んでいる方に向けてメッセージをお願いします。

田中 たとえば今回のAEMの構築案件みたいなことに今後取り組むであろう人たちに対してでもいいんですよね? だったら、「頑張れよ。なにかあったら呼んでください」かな。また安請け合いした(笑)。

後藤 「みんなで情報交換しようね」みたいな。

田中 他社さんへのメッセージって、気の利いた人はどういうことを言うんだろうね? 「まずは組織づくりが大事です」とか「ビジョンを描きましょう」とかは当たり前のことだもんな、全部。

今日のお話をお聞きしていて、「当たり前のことしか言わない」
「シンプルに」ということが全てのベースになっているのかなと思いました。

後藤 変に繕うことなく、今の事実を伝えて肩肘張らずにやればいいんじゃないかなと。

デジタルって言った瞬間になぜか別枠に置かれがちなんですけど、みんなスマホやパソコンは使っているわけで、そこから得られた事実をそのまま伝えればいいんじゃないかと思うんですよね。デバイスがスマホやPCだからというのもあるかもしれないですけど、テレビも雑誌も同じ。ただ、デジタルの特性もあれば紙媒体の特性もあるのでその特性に合わせてやる、と。デジタルだけ切り離して別枠でマーケティングしようとするとややこしくなるし、かえってつじつまが合わなくなる。

「デジタルマーケティング」ではなくて、「マーケティングの中の1つがデジタル」なんですよね。
(終わり)

取材:2016年6月、掲載:2016年10月3日

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