nayuta oyamada
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nayuta oyamada

※本記事はコンセントのサービスデザインチームによるブログ『Service Design Park』に、2015年7月17日に掲載された記事の転載です(転載元:http://sd-park.tumblr.com/post/124327274341/service-design-salon-vol8uxd-initiative)。

こんにちは。サービスデザイナーの小山田です。
今回は、6月16日にUXD initiativeと合同で開催した、サービスデザインのオープンな勉強会「Service Design Salon」のレポートをお送りします。

この会では、「公共のためのデザインの可能性」をテーマにしました。なぜなら、私は「公共」というキーワードが、これからのサービスデザインを考えていく上で重要なことだと感じているからです。

たとえば公園は、誰でもアクセスできる場所として存在しています。しかし、それがつくられ、利用されるプロセス全体を見ると、ステークホルダーに対して開かれていない状況があるのではないでしょうか。花火、ボール遊び、ベンチで寝そべる……。立て看板で明確に禁止されているものもあれば、ベンチのデザインが座ること以外を許容しない設計になっている場合もあります。維持管理の必要性からの制約が強すぎはしないか?要望を、どこに、どう言えばいいのか?そもそも、この公園はどんな利用者を想定しているのか?

公園の例に限らず、あらゆる課題(どのような価値が期待され、どのような価値を提供するのか等)は、視点を広げれば、さまざまなステークホルダーの利害関係でつながる「公共」のなかに存在します。「企業と顧客」「行政と市民」などといった一対一の関係だけでなく、周辺のステークホルダーの関わりを広く見ることで、今まで見えなかった課題の発見や、その本質的な解決を図れるのではないでしょうか。これからのデザインには、周辺環境や周囲の人を巻き込みながら、どのように共通価値を見出していくかというアプローチが必要とされています。

そこで本イベントでは、そもそもどのような視点で「公共」をとらえるのか?公共施設や施策のデザインでは現在どのようなアプローチがとられているのか?幅広い視点から議論をするため、「公共」に対するデザインの実践を行っている武蔵野美術大学の井口博美教授、千葉工業大学の山崎和彦教授をゲストにお迎えし、コンセントの代表の長谷川敦士も加えた3名による話題提供、会場の皆様とのディスカッションを通し、「公共」に対するデザインのヒントを探りました。

「公共」とデザインの関係性には想像以上にたくさんの観点があるということに気づかされるとともに、一方では、「デザインの役割、責任の変化」という大きな課題意識を共有しているのではないかということを強く感じる議論となりました。

それでは、まず当日の内容を簡単にご紹介します。

ソーシャルデザインの可能性を見据えて

武蔵野美術大学教授、武蔵野美術大学デザイン・ラウンジ(http://d-lounge.jp/)ディレクターの井口博美氏からは、拡大するデザイン領域と、その先の「ソーシャルデザイン」を見据えたときのサービスデザインの重要性について話していただきました。

デザイナーの活動領域は、生産者である企業とモノを中心としたものから、HCD(Human Centered Design/人間中心設計)の普及にともなって、人間を中心とした包括的なものへと広がっている。社会そのものをデザインするソーシャルデザインは、そのパラダイムシフトの先にあり、サービスデザインをスケールアップさせていくことが、その実現への近道ではないか、という見解をご紹介いただきました。

たしかに、社会そのもののデザインを行うには、市民のニーズに応えるため、企業や行政を含めた、より多様で複雑な状況に対してのアプローチを洗練させていくことが必要だと感じました。

UXデザイン主導のニュー・パラダイム。

また、井口氏からはデザイン教育に携わる立場から、将来デザイナーに求められる能力的な視点についてもお話いただきました。それは、モノのデザインができるだけでなく、より大きくどのような枠組みのなかでビジョンを共有化し、誰とどのようなポリシーのもとでコラボレーションしていけるのかというものです。ともすればモノ中心になってしまいがちな「デザイン」の捉え方を、パースペクティブな見方によってどう拡張していくのか、大学での実践的活動をベースに、今後さまざまな社会実験を行っていくという言葉が印象的でした。

政策プロトタイピング、企業の本業を通したCSRの実現

つぎに、株式会社コンセント代表、インフォメーションアーキテクトの長谷川から、デザインエージェンシーによる政策プロトタイピングの可能性と、サービスデザインによる企業の本業を通したCSRの実現についての話が紹介されました。

政策プロトタイピングに関しては、デンマークの国営デザインエージェンシー、MINDLAB(http://mind-lab.dk/en/)の事例を紹介。MINDLABでは、政策のプロトタイピングを市民とともにワークショップなどを通して行います。それにより、細やかなニーズに対応した施策を、実際の施行前に効果検証しながらつくっていくことができます。このようなアプローチには、具体的に、以下のような意義があります。

1.行政の立案能力拡大
2.行政対市民という対立構造からの脱却
3.行政へのアブダクション(※1)の取り込み、デザイン思考の本質的意義
※1 アメリカの哲学者パースによって定式化された科学的探究の一段階。演繹および帰納に先立って,観察された現象を説明する仮説を発想し,形成する手続きを指す。仮説的推論。(出典:大辞林 第三版)

MINDLABのWebサイト。

とくに3のアブダクションの取り込みは、エスノグラフィ調査を行い、エクストリームユーザーの行動から製品/サービスのヒントを得る際に鍵となる概念です。公共のサービスを考えるうえでも、利用者側の潜在ニーズから価値を再定義するきっかけとして、重要な意義をもっているのではないでしょうか。

日本の事例としては、RE:PUBLIC(http://re-public.jp/)のCitizen-led Innovation in Fukuoka(http://re-public.jp/fukuoka/)を紹介。これは、産官学民一体の組織により福岡で行われている、地域の将来像を描き、国際競争力を強める活動です。今後、このような活動が広がっていけば、日常的に各地域それぞれの特色を生かした事業やサービスが生まれることになるでしょう。その結果として、地域ごとの特色を生かしたボトムアップのアプローチの集合体として、日本全体の政策が成立するかもしれないという可能性が語られました。

RE:PUBLICの福岡での活動、Citizen-led Innovation in Fukuoka。

ただ、実際に日本でこうした市民参加によるプロトタイピングからの政策を実現するには、法制度との折り合いをつけたり、市民の参加意識を向上させる必要があり、ハードルは高いと言えます。しかし、長谷川は「それでも、まずはやってみる、という積極的な姿勢が重要」と話を締めくくりました。

また、企業の本業を通したCSRの実現の例としては、株式会社ワコール様とコンセント、クリエイティブ・スペース「amu」(http://www.a-m-u.jp/)にて開催した『「ココロにフィットする下着」デザインワークショップ』(http://www.a-m-u.jp/event/2015/03/wcl-amu-ws-1.html)の事例が紹介されました。

ワークショップの様子。

ワークショップを通し顧客と企業が一緒に下着の商品づくりを行うことで、下着がココロに与える価値を再認識しよう、というプロジェクトです。顧客と企業は、下着づくりのプロセスをひらき、共有することで、定量化できない下着の価値に気づくことができます。ここで得られた気づきは製品開発に生かされ、女性のココロを元気にするという形で社会に還元されます。

どちらの方向性でも、参加者とともにつくり上げる、参加者とともに学ぶ姿勢が非常に強く求められていると感じました。これは、仕事の仕方そのものも公共へ向かっていくということなのかもしれません。

「三方よし」で考えるソーシャルセンタードデザイン

最後に、千葉工業大学教授、Smile Experience Design Studio代表の山崎和彦氏からはソーシャルセンタードデザインの定義と、その実現に向けてのアプローチについてお話いただきました。

近江商人が掲げていた、「三方よし」。それをキーワードに、「ユーザー」「企業・組織」「周辺環境・周辺の人」、それぞれが共有できる価値が実現された状態をソーシャルセンタードデザインと定義します。

キーワードの「三方よし」とは、近江商人がよい商売を定義した言葉です。「相手よし」「自分よし」「みんなよし」の三つの「よし」を言い、売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であることをさします。

私は、この「三方」という言葉に、「目が届く範囲での世間」というような意味合いを感じました。ある製品/サービスの共通価値を考えるときに、大きく社会に対して考えるのではなく、どの範囲までの関わりを考えるべきかをまず考える。適切なスコープを定めることが、共通価値を最大化する際に、非常に重要なのではないかと感じます。

また、それを実現するためのアプローチとして、社会環境視点を導入した、EXPERIENCE VISION(※2)2.0の提案をいただきました。

※2 『エクスペリエンス・ビジョン: ユーザーを見つめてうれしい体験を企画するビジョン提案型デザイン手法』を参照。

従来のエクスペリエンス・ビジョンに、3つの新しいポイントを追加。

山崎氏はここで、社会起業、ソーシャルデザインはすばらしい活動であるが、本来的には行政が担うべきものではないかと指摘します。

私は、行政の抱える課題を民間企業との連携で解決するアプローチもあり、かならずしもすべての課題解決を行政の責任において行うべきものではないと思います。しかし、行政のあり方そのものをデザインするガバメント・デザインへとつながり、幅広く議論をしていくために、山崎氏の指摘は非常に重要だと感じました。

公共とデザインを語る1枚の地図

このように、さまざまな観点から「公共のためのデザインの可能性」が語られたイベントでしたが、この公共とデザインにまつわる課題は、実は1枚の地図を共有しているのではないかと感じました。

より本質的な価値を探索し、デザインのステークホルダーは増加し、関係性が双方向に。(コンセント 小山田作成)

デザインがつないできた関係性は、図の下の「モノ中心の時代」から、図の上、つまりより広い関係性の中で共通し共有できる価値をつくり出すフェーズへと向かっているのではないでしょうか。

デザインエージェンシーや大学は、この各フェーズでの要請に応えつつ、社会の中で果たした成果からフィードバックを受け、時代とともに新しい価値創出の方法をつくり出す役割を果たしています。今後は、より多くの人々と価値を共有すること、ひとつの課題の解決を複数のステークホルダーとの関係性のなかで解決していくことが求められると思います。そのためには、より包括的な視点からスタートし、デザインを行う必要があります。包括的な視点と細部を見る視点、この両者を自在に行き来しながらデザインするマインドセットとスキルセットが、これからのデザイナーには必要になっていくでしょう。
これは従来型のデザインの重要性の低下を意味しません。むしろ、価値をどのように実際の製品/サービスに変換するかというデザイン力が非常に問われることになると思います。

公共のためのデザインとふたつの課題

そして今後、このような公共のためのデザインを行っていくには、解決すべきいくつかの大きな課題があると感じています。

ひとつめは、ユーザーの本質的な欲求として、どのようなものを取り上げるか、という点です。
たとえば冒頭の公園を例にとれば、寝転んで寝たい、というニーズを本質的な欲求として取り上げるかどうか。その結果で、その先のアプローチは大きく変わります。これらが個人で個別に解決すべきものだとしてフィルタリングされれば、多様な公園は生まれず、大人には今後も、座って時間を過ごすベンチのみが供されることになるでしょう。

ふたつめは、これら公共に対してデザインを行っていくデザイナーは、必要なマインドセット、スキルセットをどのように獲得すればいいのか、という点です。サービスデザインで多く使われるエスノグラフィ調査や、カスタマージャーニーマップ、ワークショップは重要なツールであり続けるでしょう。一方で、特定の手法にあてはめれば自然に答えがでてくるような課題は存在しません。

このどちらにも、魔法の公式は存在しないのではないでしょうか。これらの問題を解決するために、デザイナーには、定量化できないスキルがますます求められていくことになると思います。それは、聞く力、共感する力、アイディアの引き出し、熱意、そのようなものです。今は、これらのスキルがある、ということ以前に、まずそれらを獲得するための実践の機会そのものをつくり出すという姿勢が非常に重要なのではないかと感じました。

【執筆者プロフィール】
小山田 那由他

 


Service Design Salonで一緒にディスカッションしませんか?

今後もさまざまなテーマでService Design Salonを開催予定です。
Service Design Salonの情報は、コンセントの公式Facebookページにて随時告知しておりますので合わせてチェックいただければ幸いです。
コンセントの公式Facebookページ

【関連リンク】
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