fumito sato
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fumito sato

※本記事はコンセントのサービスデザインチームによるブログ『Service Design Park』に、2016年2月19日に掲載された記事の転載です(転載元:http://sd-park.tumblr.com/post/139586448836/sd-salon-vol10)。

こんにちは。サービスデザイナーの佐藤史です。

2015年10月20日に開催された、サービスデザインのオープンな勉強会「Service Design Salon Vol. 10」のレポートをお送りします。

今回のイベントは、デンマークのサービスデザインエージェンシー「VIA Design」のCo-founder and PartnerであるIda VesterdalさんとCo Owner のSune Kjemsさん、同じくデンマークにおけるデザインの向上と普及を目的とした活動拠点「Danish Design Centre」のCEOであるChristian Basonさんの3名が訪日されたことをきっかけに、コンセントが企画したもので、Service Design Network日本支部が主催するイベント「Service Design initiative」との共催で行いました。

デンマークといえば、北欧の伝統的な家具のデザインや、福祉先進国というイメージを持たれる方が多いかもしれませんね。でもそれだけではなく、もともと「参加型デザイン」といって、問題解決のためのデザインプロセスに、ユーザーや地域住民を巻き込んで行う手法が古くから根付いており、「サービスデザイン先進国」と呼んでも差し支えないのでは?と私個人は考えております。

(ちなみに、デンマークという国で「デザイン」がどれだけ高い価値を発揮しているのかは、同僚の小山田が「東京デンマークWEEK2015」のレポートで熱く語っておりますので、ぜひそれも併せて読んでみて下さい!)
東京デンマークWEEK2015イベントレポートVol.1 イントロダクション

「東京デンマークWEEK 2015」とは、デンマークのコペンハーゲンに拠点をおくビジネスコンサルタンシー ayanomimi が主催するトークセッションを中心としたイベントです。

さて、当日は「Changing Organizations into Service Design」と題して、サービスデザインを実行するために必要な組織変革への取り組みについて、日本とデンマーク、双方の国の事例を紹介しつつ意見交換を行いました。スピーカーは、先の3氏に加え、日本側からは、株式会社リクルートテクノロジーズ執行役員でService Design Network日本支部共同代表でもある岩佐浩徳さん、同じくService Design Network日本支部共同代表であるコンセントの長谷川の、合計5名というこれまでのサロンにはない豪華なメンバーでの開催となりました。

組織変革への取り組みといえば、私も普段の仕事で、いろいろなクライアント企業の方から、「サービスデザインの概念や手法は理解したが、それを社内の上長に説明したり組織に定着させたりするうえで様々な課題がある」というお話をよく聞かせていただいております。そんなモヤモヤに対してデザイナーはどう応えるべきか? 何か良い示唆を得られればと思いつつ、以下レポートさせていただきます。

日本の組織文化には、特性がいっぱい?

冒頭ではまず長谷川から、「日本の組織文化」に関して、興味深い問題提起がされました。ここで長谷川は、日本人もしくは日本企業の特性として、

●全体的な戦略策定よりも、個別の部分的な課題解決を得意とする(例えばサイトについバナー広告などを載せ過ぎてしまい見た目がゴチャゴチャになってしまうことって、たまにありませんか?)

●互いに相手の意図を“察しあう”能力の高さ(日本人は自分の意見をハッキリ言葉にして言うのが苦手とか、最近いろんな場所で良く聞きますよね)

●伝える努力を要さずとも、文脈を介して何となく意志が通じてしまう「ハイコンテクスト」な生活環境(このあたりは、日本が島国でほぼ単一民族国家に近い状態が、歴史上長く続いたことが影響しているのかもしれません)

等々を、日本で生まれた様々な製品やサイトのデザイン事例を紹介しながら提示し、このような特性は、日本企業の組織変革において大いに考慮すべき点ではないかと示唆しました。

会は、この長谷川の問題提起をうけて本題へと入りました。日本とデンマーク両国のスピーカーによる組織変革の実践例の発表です。岩佐さん、Idaさん、Suneさんの3名から、それぞれプレゼンテーションをしていただきました。

サービスデザイナーに求められる職能スキルとは?

岩佐さんのプレゼンテーションは「企業文化をサービスデザインスタイルに 」という題。巨大グループ企業であるリクルート社には、飲食店検索・住宅情報・転職情報・宿泊予約など複数の異なるサービス(つまり事業)が存在することはみなさんご存知ですね。でもユーザーにとってはどのサービスも「リクルート」というひとつのブランドです。ですので、会社としては、事業の種類に関係なく提供するサービス(つまり顧客体験)はどれも一定以上の品質でなければ、企業ブランド価値を維持できません。そこでリクルート社では、全事業部門のUX戦略策定を横断して担当する部門を置くことで、会社が提供する全サービスの品質担保を図っているそうです。この話を聞いただけでも、会社の各事業部門でUX戦略を担当するサービスデザイナーの責任は重大そうに感じますが、さらに驚いたことは、サービスデザイナーに求められる職能要件の幅広さです。ブランディング、PM、マーケティング、エンジニアリング…などそれぞれのスキルに対して、主務と兼務の領域を設定して、評価とキャリアパスの設定をしているとのこと(そして、基本は全部経験する!)。端的に言うとリクルート社では、事業戦略とUX戦略、両方の能力を備えた人材の育成を目指しているのです。

サービスデザイナーは、デザインだけして終わりの存在ではなく、それを「事業としてどう収益を上げていくか」「どういうテクノロジーで実現するのか」についても知見を持っていないと、サービスをデザインしても「絵に描いた餅」になってしまうから勉強をしなければ!ですね。

ところで今回のイベントでは、デンマークの大学でサービスデザインを学び日本語にも堪能なEsben Grøndalさんが、プレゼンテーションの通訳を担当してくれました。デンマークからいらっしゃったプレゼンターの皆さんも日本の大企業によるサービスデザイン導入の取り組みに興味深く聞き入っていらっしゃいました。

また、岩佐さんの当日のプレゼン資料は下記に公開されておりますので、ぜひご覧になってください。
【UI/UX】Service Design Initiative/Service Design Salon Vol. 10 「Changing Organization into Service Design」にて、弊社執行役員が講演いたしました。~企業文化をサービスデザインスタイルに [執行役員 岩佐浩徳]|ニュース|株式会社リクルートテクノロジーズ

組織にデザインプロセスを導入するとき、気をつけること

Idaさんからは、自社でサービスを提供するリクルート社とは反対に、クライアント企業から受託という形態でデザインプロジェクトを実施するエージェンシーの立場(コンセントも同じですね)から、「デザインシンキングを組織で実行する、ケースとチャレンジ」について紹介いただきました。

Idaさんはまず、デザイン思考によるプロセスを組織に導入するときは、導入効果と、導入による収益の向上までをきちんと計画するべきであり、デザイン思考といっても、ただ手法を学んで実践するだけでは単なる「Theater(見世物)」になってしまう可能性があることへの注意を促しました。デザインが事業にどう貢献するのかをよく考えること――岩佐さんの発表とも共通する点が多いですね。さらに私が興味深いと感じたことは、組織に新しいデザインプロセスを導入しようとする時、デザイナーは、旧来のプロセスがどんなものであったのかを理解し、それを変えねばならない理由を正しく説明すること、なおかつ、現場で働いている人達には新しいプロセスを学ぶための時間を与えることを、Idaさんが話の中で強調されていたことです。これはわかりやすく喩えるならば、昔の童話にある「北風と太陽」ということでしょうか。北風のように、組織に対して従来のプロセスを真っ向から否定して変更させるようではダメで、太陽のように相手の立場を理解しながら新しいプロセスをポカポカと根付かせていく地道な努力が必要だと私は理解しました。

ユーザー視点やデザイン思考を組織に導入して変化を起こそうとしても人は正論だけでは動かない――。だから地道な努力が必要だと改めて省みさせられたプレゼンテーションでした。

ステークホルダーを「顧客」として捉え直す

続いては、その「地道な努力」の具体例としてSune さんから、「デザインシンキングによる刑務所環境改善」の事例を紹介していただきました。

デンマークの刑務所では長年、刑務所生活のストレスによる受刑者のメンタルヘルスの荒廃が大きな問題となっていました。しかも時には刑務所スタッフとの衝突も招くことがあり、過去にも何度か改善を試みたがなかなか良い方向には向かわなかったようです。Suneさんはまず、この問題を受刑者側だけの問題ではなく、刑務所で働くスタッフとの関係性の問題として新たに捉え直すことからアプローチして課題解決を試みました。そして、受刑者とスタッフがお互いの悩みや課題について会話する場を設けました。やがて双方が会話を重ねるなかで、受刑者だけではなくスタッフ側でも大きなストレスを抱えていたことがわかり、刑務所を「サービス」「人材育成」の場として、囚人との関係を「顧客との関係」として考え直してみることで、刑務所環境を改善させることに成功しました。

刑務所という特殊な環境の事例とはいえ、これと同じように、組織のなかで異なる立場の人が日頃抱いている課題意識をお互いに理解してないがために、ビジネスがなかなか改善に向かわないということは、例えば岩佐さんが話されたリクルートのような大企業、Idaさんが話されたクライアント企業と受託のデザイナーの間にもあるのかもしれません。

ただ、ビジネスの場で、お金を払ってくれる「いわゆるお客さん」以外のステークホルダーも「顧客」として捉え直してみることでサービスが劇的に良い方向へと改善するケースは、大いにありうることだと私は思います。プレゼン後のインタラクションセッションで、長谷川が「このアプローチは企業のバックオフィスにおけるフロント部門向けサービスの改善にも展開できるのでは?」と質問していましたが、それに対してSuneさんも、「例えば、社内で異なる立場どうしの人間が、同じ課題について議論をする場合には活かせるかもしれない」と応えていました。

Catalyze(触媒)――デザイナーの新しい存在意義

さて、日本とデンマーク、自社開発と受託開発、それぞれの立場から事例紹介をしていただいた後は、いよいよ本日の締めくくりです。Christianさんから、「デンマークのビジネスと社会へのデザイン領域の拡大」と題して、この日最後のプレゼンテーションをしていただきました。

デンマークでも、かつてはデザインというと“ものづくり・工匠”に象徴されるような特定の専門分野という印象が強かったが、それが社会の変化にともない、「モノのデザイン」から「サービスのデザイン」、「成長のためのデザイン」から「ソーシャルのためのデザイン」、そして「ヒロイックな人間によるデザイン」から「共創によるデザイン」へと、デザインという概念が包含する範囲が大きく広がっている。そのような状況をChristianさんは、従来の「Expert Design(専門家によるデザイン)」に対する「Diffuse’ Design(普及版デザイン)」と定義づけました。

この「Diffuse’ Design」、日本語でどう解釈するか難しいのですが、私は以下のように捉えました。

デザインに関する専門知識を持たない普通の人でもデザインプロセスに参加することが当然な時代になった。だからこそ、従前からデザイナーと呼ばれていた人たちは、これからの社会で自分の価値をどう発揮していくのかが問われている――と。実際、Christianさんはプレゼンテーションの後半部分で、デザインがビジネスに貢献するためには、いかに早くアイデアや可能性を発見して新しいビジネスに繋げられるかが大事であり、デザイナーは価値創造や洞察のための「Catalyze(触媒作用を及ぼす存在)」になっていくと話されました。

ここから先はさらに私の個人的な解釈になりますが、Christianさんがおっしゃったこの「Catalyze」という言葉、これがデザイナーという職能の新しい定義のしかたのひとつになりうるのでは?と考えています。事業者とユーザーを結びつけてサービスに変化を生み出すこと、クライアント企業とデザイナーを結びつけて組織を変化させること、はたまた大企業や社会の中にいろいろなステークホルダーが存在する時、それぞれの立場をうまく繋げて相互理解なり合意形成なりに導くこと…。

インタラクションセッションの最後に、Christianさんは、今は、ユーザーも日常生活のなかで共創(Co-Creation)を求めている時代だと話されていましたが、日本にもデンマークのような参加型デザインや共創の文化が広く行き渡ったときに、よき触媒作用を生む存在=Catalyzeとしてのデザイナーの意義が強く問われることになりそうです。

さてこうして、5人のスピーカーによる合計約3時間のプレゼンテーションを改めて振り返りレポートする大役(?)を終えました。最後に総括を書かなければならないのですが、各スピーカーの思いを私の拙い解釈と限られた文字数のなかで正しく伝えられたか正直自信がなく、さらに言うと実はまだ私の中でも結論が出きっていないことがたくさんあります……。そこで、今回は非常に僭越ではありますが、デザイナーの皆さんに、以下の3つの問題提起をさせていただいて今回のイベントの総括に替えたいと思います。

●デザイナーならユーザー視点は持っていて当然、でもユーザーの抱える悩みが、事業の売上・収益に結びつかないとき、どうするか? デザイナーは事業者側の視点も理解したうえで周囲の人と健全な議論ができているか?

●サービスデザイン、デザイン思考、UX等手法はいろいろ存在するが、企業にとって本当に必要なことは、それを組織に導入してどうビジネスを良い方向に変えられるかである。デザイナーはそれに対する回答を持っているか? 手法や概念の習得にばかり没頭して本当に必要なことを見失っていないか?

●デザイナーは、組織やプロジェクトのなかで「よき触媒作用」を及ぼしているか? アウトプットを出すことに没頭して、それが周囲にどう貢献しているかを見失ってはいないか?

最後になりますが、今回のイベントで逐次通訳を担当していただいた、コペンハーゲン在住のサービスデザイナーEsben Grøndalさんに改めて感謝申し上げます。彼の通訳なしにこの原稿は書き上げることができませんでした。デンマークとコンセントService Design Div.との繋がりはこれからも続いていきますので、今後もお互いに研磨しあえる存在でありたいと思います。


この日のスピーカー勢揃い。左から、岩佐さん、Suneさん、Idaさん、Christianさん、長谷川、通訳を担当してくださったEsbenさん。

【執筆者プロフィール】
佐藤 史|サストコ

 


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