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AZ GROUP INTERVIEW

特集「AZグループをひも解く」 インタビュー:5

「人のコアとなる本」で受け手の可能性を広げる

Film Art, Inc. [フィルムアート社 ]

雑誌『季刊フィルム』の創刊を機に1968年に創立されたフィルムアート社。以降、「アート」「映画・映像」の分野を中心に、文化へのクリティカルな視点をもった書籍を発行し続けています。
「出版社の役割は、ただ本を出して終わりだろうか。」との問いかけで始まるミッションステートメントの中で、「動く出版社」でありたいと強く訴えているフィルムアート社。「動く出版社」とはどういうことか。そのために、どんな人たちがどんな想いを秘めて働いているのか。
取締役で営業部部長の津村さんと、編集部で副編集長を務める薮崎さんの二人の考えからひも解いてみます。

津村 エミさん Emi Tsumura

株式会社フィルムアート社 取締役/営業部部長

Q. ふだんの仕事を教えてください。

出版営業をしています。
本の売り方の戦略を考えたり、フィルムアート社の出す本のジャンルそのものが広がっているということもあるのですが、同時にジャンルを横断的に売っていきたいということもあるので、それをいかに叶えるかを考えることが仕事です。

棚ごとに担当者が分かれている本屋さんが多い中で、メイン(ターゲット)の棚以外の複数の棚にも置いてもらえる可能性を探ったり、返品を抑制して実売につなげるいろいろな売り方を考えたりといったことを俯瞰的な視点で見てやっています。
フィルムアート社の特長としてロングセラーが多く、既刊も大切な土台なので、新刊だけでなく在庫全体をどう売っていくかを考えています。

薮崎 今日子さん Kyoko Yabusaki

株式会社フィルムアート社 編集部 副編集長

Q. ふだんの仕事を教えてください。

書籍の編集をしています。
まず自分で企画を立てるのが本づくりの始まりです。企画の素案を立ち上げ、自分で勉強したりリサーチしたりして、企画を練っていきます。
本を読んだり、講演会に行ったり、また最近はトークイベントがあちこちでおもしろそうなものが行われているので、日々アンテナを張っていることが大切ですね。あとは、直接つながりそうもなくても、映画に行ったり展覧会に行ったりライブに行ったり。友だちとの会話も思わぬヒントになったりします。そのヒントに自分で「気づいて」「能動的に結びつける」ことができると、視界が開けたような感じに。錯覚に近いですが(笑)。

それで企画の落としどころまで自分で見えたら「これはいける」という段階です。ここから一気に企画書を書きます。その企画書をもとに会議でプレゼンして、めでたく会社としてGOサインが出たら、著者との打ち合わせ、原稿依頼、原稿脱稿から印刷校了までのスケジュール作成、デザイナーさんとデザインの方向性の打ち合わせ、判型・刷色数・用紙の確定を経て、書名決め、帯コピー決め、最後に部数と定価を決める「部訣」で、概ねの決めごとは完了です。ここまでくれば、あとはやるだけで、印刷所に入稿して校了、という流れで仕事をしています。

※所属先は、2015年1月取材時点のものです。

フィルムアート社の本からひも解く

活動の集大成である本

岩楯フィルムアート社ではどんな本を出しているのでしょうか?

薮崎さん出版社と言うと雑誌を出していると思われることが多いのですが、私たちが出しているのは書籍です。中心分野は「アート」と「映画・映像」の二本柱でフィルムアート社の中でも長い歴史がありますが、社会的な文脈に沿って幅を広げているうちに自然とジャンルが広がってきています。「デザイン」「ライフスタイル」「建築」「音楽」などの他、もっと文化的な細かい分野においても、いろいろと企画の方向性を多角的にするためにチャレンジしています。

津村さん本屋さんはもちろんなのですが、ミュージアムショップや映画館、セレクトショップといったところにも、フィルムアート社の書籍を置いていただいています。セレクトショップにはブックコンシェルジュ的な方がいることがあるのですが、本のジャンルそのものよりも出版社の姿勢や本の大事なところを理解して置いてくださるお店が増えつつあるんです。つまり、フィルムアート社自体を好きになっていただけるような営業が大事になってきているんですよね。

岩楯フィルムアート社自体を好きになっていただくためには、なにが大事でしょうか?

津村さんやっぱり出している本がすべてなんですよね。本には、編集をはじめとしたすべての集大成が表れるので。実売数や誰がどこで書評を書いてくださっているのかなど、今はSNSもあって個人の方の声まで結果がすぐに見えてきます。そうした中で、フィルムアート社に対して「いい本を出している」という印象をもっていただけているのはとても大きいですね。

未来に残っていく本。生きていく上でのコアとなる本を

岩楯これまで接点のなかった相手に対して、フィルムアート社を説明するときには、どんなことを伝えていますか?

薮崎さん私の場合、たとえば全く面識のない著者の方へファーストコンタクトをとるときには、大手の出版社とは予算や規模は違うものの、「大きくない良さがある」ということをお伝えするようにしています。編集的にも小回りが効くので、担当編集とメインの営業担当がそれぞれ一人ずつつくため、ミニマムだけれども行き届いたことができる、と。それはもちろん編集も営業も同じで、フィルムアート社の規模だからこそできることがある、と思っています。

あと、「一気に売って終わりではない本のつくり方をしましょう」とお伝えすることも大事にしています。話題性をもたせた一般書のベストセラーのように、瞬間風速で5万部、10万部を売るというのも出版社のやり方としてもちろんありますし、編集者としては一度はそんな数を売ってみたい、とも思ったりしますが、フィルムアート社はそうではなく、「5年、10年と未来に残っていく本を、著者の方たちと一緒につくりたい」という想いがあります。津村さんをはじめとした営業が、新刊だけではなく昔の本を大事に売ってくれているのも、その想いがあるからだと思うんです。

ちょっと負け惜しみかもしれませんが(笑)、個人的には、「5万部」より「5年」の方が、ある基準では価値があると言えるんじゃないかな、って信じています。

津村さんそうですね。新刊を出していくのはもちろん大事ですが、フィルムアート社の場合は、昔から売っている本で今なお時代を超えて売れる本があるので。本屋さんも『季刊フィルム』創刊からの長い歴史がある出版社というところを見てくださっているところがあります。もちろん、今そこを売りにしているわけではないのですが、礎となっているのは確かです。

今少しずつ、「確かにビジネス書は売れているけれど、本当に役に立つのか」という動きがありますよね。ビジネス書が悪いと言っているわけではなく、実用的なものばかりが求められる風潮、というか。
たとえばフィルムアート社の中心ジャンルである「アート」で言えば、「アート」そのものの解釈の仕方が広がり、一見自分とは関係がないと思っていたビジネスマンも、単なるハウツーではなく、目に見えないものや感じることが仕事をする上でも大事だと考えるようになったのではないでしょうか。フィルムアート社を社会によりアピールしやすくなってきている環境があると感じています。

岩楯アピールしやすくなってきている環境というのは具体的に?

津村さん「アート」で言えば、やっている人だけのものではなく、「生きるために必要だ」と認識されるようになってきていると思います。今までは「すぐに役に立たないなら、こんな本を読んでも意味がない」と言っていたような人たちも、フィルムアート社の「人のコアにできる部分を培う本を出してるんです」というアピールをわかってくれるようになってきている環境があるんじゃないかと思っているんです。

上から目線のように聞こえてしまうかもしれませんが、そういう人たちを育てたいという啓蒙的な想いもあります。最近、ビジネス書棚に置かれる本も増えてきているんですが、ビジネス書として出したいというよりすべての人に読んでほしいという気持ちから置いていただいており、読んだことで、読者自身の中でなにかが起きてアウトプットにつながることを意識しているんです。

薮崎さん買って読んですぐに使える、という本ばかりでは世の中つまらない気がしていて、自分でも忘れた頃に効いてくるような本になれたらいいなって思いますね。「あのとき読んだあれって、こういうこと!?」というような、自分の中で身体化したときに初めて効いてくるようなやつです。誰かがほんの少しでもそう感じてくれたら、自分が編集して世に出した本が、祝福される存在になれたように思えるんじゃないでしょうか。

「自分」「会社」「社会」の三つの視点

岩楯そうしたフィルムアート社の本は、どのような判断軸で出版するかを決めているのでしょうか?

薮崎さん企画会議で企画書を提出してもんでいくのですが、会議には編集者だけではなく、営業もみっちり参加します。これは、他の版元さんと話す機会があったりすると感じることなのですが、他の出版社とフィルムアート社が大きく違う点でもあるのかなと思います。企画の最初の段階から営業の視点が入ることで、「それって誰が買うの?」といったそもそも論の中から、私たち編集者は気づきを得られたりするんです。もちろん内容的には編集が提案した企画に沿った本ができるのですが。

津村さん私も営業として企画会議に出させてもらっていますが、市場調査をするなどして常に編集へフィードバックができるように心がけています。

出版社にとっての宝は、やっぱり編集じゃないですか。言ってしまえば営業は必要ないんじゃないかという。だから会議に参加する以上は、営業の存在価値を出していかなければ自分がいる意味がない、ということを常に思っているんです。
もちろん、その本に関する知識では編集者にはかなわないので「こんな発言をしていいのかな」と自分の中で闘ったりすることもあるのですが、編集者が気づかない営業視点での意見も大切だと思っているので、そのために必要なことをやるようにしています。

岩楯企画が通る大事なポイントはなんでしょうか?

薮崎さん「重要だと思うポイントが自分で見えているか」ということがまずあります。でも自分がやりたいという気持ちだけではダメで、「そのポイントが会社にとってどうなのか」「社会にとってはどうなのか」ということを含めた三つがないと、弱いんです。本は、完成したら、多様性と混沌のまっただ中にポンと放り出されるわけですから、「外」=「社会」にどう呼応しているか、というところを見据えていないと、届かないんですよね。自分の企画はもちろん、他の編集者の企画を検討するときにも、この三つの視点を大切にしています。

「会社」と「社会」はあるけれど「自分」がないという企画は、これはツラいですね。不毛な気がしてしまいます。ツラいというか、著者さんやデザイナーさんや関わってくれるたくさんの人たちに対しても、その本が扱う事象に対しても、なにより読んでくれる方に対して、「失礼」な気がしてしまいます。自分の強い想いがないと、最後まで責任をもって貫けないと思ってます。

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