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特集「AZグループをひも解く」 インタビュー:5
岩楯フィルムアート社の「CoProject」は、どのようなプロジェクトなのでしょうか?
Webサイトでは、YKK AP株式会社 窓研究所との「窓学プロジェクト」や、東京都現代美術館との「アートと音楽新たな共感覚をもとめて」をはじめ、さまざまなプロジェクトが紹介されていますが。
津村さん本を出すことだけが私たちの仕事じゃないと思っているんです。
もちろん、出版社であることに変わりはないですし、本は大切でこれからもずっと出していきますが、本を出すこと以外においてや本を出した後にも、著者や読者といった方たちとのお付き合いをずっと続けていきたいんですよね。そして、その手段は本を出すだけじゃなくてもいいだろうと思ったことがきっかけで始めたんです。
「CoProject」の「Co」には、フィルムアート社の編集力や編集デザイン力、ディレクション力といったものを企業や公共団体に掛け合わせることで、一緒に社会自体を変えていきたいという想いが込められていると思っています。あくまでも私個人の考えで、理想論を語り過ぎているかもしれないですが(笑)。
河内「社会を変えたい」というのは、こう変えたいというイメージがあったんでしょうか?
薮崎さん名前の通った人が旗振り役でやるというよりは、ボトムの方から動きをつくっていく、というのがイメージの一つにあります。
岩楯「CoProject」では具体的にどのようなことをされているんですか?
津村さんたとえば、東京工業大学と一緒にやっている活動「CreativeFlowサイエンス & アートLab」は、教授の野原佳代子先生が「サイエンスとアートの融合」ということにのってくださって始めたものです。
大学で学び終えた後に、学生全員が科学者になったりメーカーの研究職に進めるわけではないですよね。たとえばメーカーでも広報部に配属されたり、まったく別の職業に就くこともあり得る。どんなときでも自分の脳力を最大限に発揮できるもっと広い視点や応用力を身につけるために、アートが触媒となると考えています。また、「伝え方やメディアの使い方を学ぶことが必要だ」という編集長の津田の考えから、当初は大学院生中心の活動でしたが、野原先生や川崎さん(AZホールディングス執行役員)と一緒に学部生対象の「メディア編集デザイニング」や「クリエイティブ表現論」の授業を行い、表現や編集の仕方を教えたり、創造性について議論したりしています。
岩楯「伝え方」「メディアの使い方」「表現や編集の仕方」を教えているというのは、インプットしっぱなしではなく、外に向かって発信していくことが必要だという考えが前提にあるということですよね?
津村さんそうですね。そしてそこに「編集する力」が必要だと思っているんです。
「アート」と聞くと絵画や音楽などを想像されるかもしれませんが、そうではありません。あくまでも「ふつう」の人にとって、伝えたり表現したりする上で必要な「創造性」を教えたいんですよね。
「CoProject」には、他に美術館とのプロジェクトや映像祭といったものもあります。展示にはキュレーターさんがいらっしゃるものの、本にするときにどうまとめるかを考えるときには、展示とは違う視点が必要になります。本として流通させる以上、展覧会のときだけではなく、未来に残っていくものになるので、本としての価値を出すことを意識して、立体をモノに落とすということをやっています。
薮崎さん美術館とのコラボレーションは、近年力を入れています。東京都現代美術館は3年連続、東京都写真美術館は、「恵比寿映像祭」のカタログ作成から、恵比寿一帯の地域連携プロジェクトも含めて5年連続で、継続して関わらせていただいています。東京都現代美術館では、昨年末に、狂言師の野村萬斎さんを総合ディレクターに迎えた「新たな系譜学をもとめて」展の公式図録を刊行したあと、続けてこの2月には世界的に著名な現代アーティストのガブリエル・オロスコの個展の図録も刊行しました。
企業との関連では、花王株式会社と東京藝術大学によるプロジェクトがあるのですが、その集大成としての『にほんのきれいのあたりまえ』展という展覧会にフィルムアート社も加わり、その展覧会から派生したスピンオフ的な企画で書籍化するということも行いました。
津村さん来期は『CoProject』の活動をもっと広げていかなければという使命感に燃えています! と津田さんが言っていました(笑)。
『第7回恵比寿映像祭「惑星で会いましょう」』
(フィルムアート社刊。会場で無料配布)
東京都写真美術館が2009年から毎年行っている「アート×映像」のフェスティバル『恵比寿映像祭』の公式冊子。今年は2015年2月27日(金)~3月8日(火)に開催。
多様な映像表現の在り方を問う場として恵比寿一帯を巻き込んで行われている恵比寿映像祭。フィルムアート社では、第3回から毎年、カタログ制作とWeb掲載の対談やエッセイの企画編集を行う。さらに「amu」を使ったイベントで、地域連携プログラムでのコラボレーションを行っている。
(フィルムアート社刊。2014年10月28日発売。ISBN:978-4-8459-1435-7)
2014年9月27日(土)~2015年1月4日(日)開催の東京都現代美術館の展覧会『東京アートミーティング[第5回]「新たな系譜学をもとめて――跳躍/痕跡/身体」』の公式書籍カタログ。
言語を超えたコミュニケーションとして私たちの精神生活に深く関わってきた、ダンス、能・狂言や歌舞伎などの伝統芸能、舞踊、演劇、スポーツ、武道、などの身体表現。
「身体とパフォーマンス」をテーマに、私たちの身体に残された記憶や痕跡の系譜をひもとき、クリエイティブな跳躍を新たに発見するためのパフォーマンス展示を一冊にまとめている。
(フィルムアート社刊。2015年02月27日発売。ISBN:978-4-8459-1443-2)
2015年1月24日(土)~5月10日(日)開催の東京都現代美術館の展覧会『ガブリエル・オロスコ展─内なる複数のサイクル』の公式カタログ。
90年代より現代美術を代表する作家として国際的に注目を浴びるガブリエル・オロスコ。代表作から新作までを網羅した、日本初の待望の作品集。国内で発行された作品紹介や文献は皆無のため、日本では作家の全体像が分かる現代アートファン必携の貴重な内容となっている。
(フィルムアート社刊。2014年10月16日発売。ISBN:978-4-8459-1447-0)
約2年間にわたって行なわれた花王株式会社と東京藝術大学美術学部デザイン科による「にほんのきれいのあたりまえ」勉強会の成果発表とともに、新たに多ジャンルの第一線で活躍する方々に取材を行い、書籍化。日本独自の文化、精神、デザインの中から多様な「きれい」の視点を探ることで、未来につながるものづくりや、これからの私たちのライフスタイルのヒントを探る。
岩楯フィルムアート社のタグラインは「動く出版社」で、ミッションステートメントは「出版社の役割は、ただ本を出して終わりだろうか」という問いかけで始まっています。お二人は出版社や編集者の役割をどのように考えていらっしゃいますか? たとえばアートに一見関係なさそうな人と「アート」をつなぐというお話から、なにか異なるもの同士をつなぐということが役割としてあるのかなと思ったのですが。
フィルムアート社のミッション
薮崎さんなにか違うものをつなぐ。それはありますね。
映画好きやアート好きな人にアプローチすることはもちろん大切ですが、そこだけに制限していてはすべてが狭まってしまいます。今までアートとかよくわからないと言っていた人たちにも、なにかのきっかけで「自分にめちゃくちゃ関係のある、すごく切実なものだった」ということが伝われば、本当にすごいことだなと思うんです。そういった意味で、受け手の可能性を広げることがとても重要なミッションだと思っています。
可能性を広げるといったときに、「多様性はすばらしいことである」ということを同時に言っていかなければと感じています。一つの方向だけを指し示すのは危険なことになるというのは今現在の社会状況を考えても明らかです。常に別の観点で物事を見ることが必要です。別のものとつなぐことだったり、いろんな可能性を提示するといったことが、社会にとっても人にとっても大切なんじゃないかと思います。
河内出版社じゃないとできないことはありますか? たとえば、出版社じゃなければ世の中に影響をおよぼすことができないといったような。
津村さん薮崎さんも「未来に残る本をつくりたい」と言っていましたが、私も、書籍は一生残るものだと思っています。
長い年月の間、伝承し続けられているブッダの教えに値するような、それこそ芸術作品としての「アート」のような何百年前も価値が衰えることのない書籍を出していくことをフィルムアート社は目指しているし、出していけるんだというプライドをもってやるようにしています。
岩楯今日のお話を聞いて、フィルムアート社で出している書籍一冊一冊に強い想いが込められているんだということが伝わってきました。
最後に、その想いをもち続けられる原動力はどこからきているのかを教えてください。
薮崎さん考えていることが好きなんですよね。
編集の仕事を辞めていた時期があったんですが、「こういう本があったらいいな」とか「こういう人にこれを書いてもらったらおもしろそうだな」ということを、気づくと自然に考えてしまっていて、「あ、私、考えちゃいけないんだった」とか思ったりしていました(笑)。
そんな時期が2~3年続いた後にフィルムアート社の募集を見つけて、「これを最後にしよう」と思って面接を受けたら採用してもらえて。そのときに、「あ、私、また考えてもよくなったんだ!」とすごく嬉しくなったんですよね。一回諦めたことが、編集の仕事を「辞めないぞ」と思えている原動力なのかもしれないです。
津村さん私はもともと編集志望だったんですよね。でも実際出版社に入社して、編集者としての才能のなさにすっぱり諦めて(笑)、そこで頭を切り替えて、売るスペシャリストになろうと決めました。そして、単なる「売る人」ではなく、編集にとって必要不可欠な営業、プロデューサーになろうと思ったんです。
今こうして企画の段階からすべてにわたって関わらせてもらうことができるのも小さな規模の出版社だからこそで、ありがたい環境だと思っています。
薮崎さんちょっとでも興味があることを仕事にできるなんて、すごいことですよ。それも、たとえば「映画」といっても映画だけじゃなくてもよくて、映画を取り巻くすべてのことについて、多少ゴリ押しでも(笑)、企画として提案できるし、もしかしたら書籍として出せるかもしれない。それって本当にすごいことだと最近特に感じているんです。
津村さんフィルムアート社は発注をいただいて本をつくっているわけではなく、基本的には自分たちがいいと思うものを世に出しているわけなので、それでお金をいただけるのは本当にすごいことだと思っています。編集としては自分で企画した本が売れる喜びだと思いますが、営業としては「自分がいいと思ったものを売ることでみんなが喜んでくれている」という、純粋な楽しさや感動があります。
それに、「こういう人たちに売れるかも」と戦略を練って、メインターゲット以外の棚や、地方で仕掛けてみたら売れた、といった新しい読者の発掘ができたときはすごく嬉しくて、やりがいにつながっています。そうした経験やデータを蓄積していくのも営業の役割です。
今日はアートや映画の話ばかりになってしまいましたが、フィルムアート社では大きな意味で「社会デザイン」をやろうとしています。市民による小さな経済の形成や、コミュニティ・デザイン、アートなどで地域を活性化させるアート・マネジメントといった、問題の解決を自らの手でやっていくための取り組みを、本を出発点に広げていきたいですし、私たち自身でも応援できたらいいなと思っています。(終わり)
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特集「AZグループをひも解く」 ~ Interview:働いている人の考えから探る~